懐かしいものが見つかりました。中日新聞の「市民の声」に掲載された原稿です。古くてゴメンね。
99年2月4日
■ものの価値について■

後輩と二人で、南木曽町まで出張に行った時のこと。帰りの道すがら、工芸館に立ち寄った。店内を散策していたら、後輩が呼ぶ。「いい茶碗だなあ。こんなので毎日飯を食いたいなあ。」

正直なところ、僕にはどこがいいのか、よく分からない。値段を見たらびっくり。高価な代物だ。「高いぞ。」僕が言うと、「そうですね、手が出ないな。でも、いつか買いたいな。一生使えそうだぞ。」と、早くもその茶碗で食事をしているかのような顔をしてにんまりとしている。どちらかというとけちな僕は、こんな高価な茶碗は全く買う気にはならない。でも、無邪気な顔をしている後輩を見て、はたと考え込んでしまった。僕は、果たしてものの価値をわかっているのだろうか、と。

ものには、そのもの自体の価値がある。でも、僕はそんなものにはお構いなしに少しでも安いものを見つけ出しては、得をしたと喜んでいる。まるで、1円でも安く手に入れることに価値があるかのように。でも、そうして手に入れたものは、僕の場合、悲惨な末路を迎えるのだ。つまり、粗末に扱われ、壊れるとすぐに捨てられる。愛着を感じてもらうこともなく。

大事に使っていけば、そこに愛着という価値が増していく。ものを大切にするということは、愛着という目に見えない糸を身の回りにたくさん張り巡らせていくことだ。それが、生活を、さらには人間関係を豊かにしてくれる。 僕は、この後輩がむちゃくちゃ好きになった。